東京地方裁判所 平成3年(ワ)14313号 判決 1992年8月10日
原告
片桐正恵
被告
株式会社中川製作所
右代表者代表取締役
小沢潔
主文
一 被告は、原告に対し、金三万〇三〇一円を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金二三万一四九六円を支払え。
第二、事案の概要
一 (争いのない事実等)
1 原告は、平成三年四月二五日、月給二〇万円、毎月二〇日締切二五日払の約定で被告に雇用された。
2 被告においては、始業時刻は午前九時、終業時刻は午後六時で、一日の所定労働時間は八時間であって、毎週土曜日と日曜日及び国民の祝祭日は休日であった。
3 被告が原告に対して支払った同月二五日ないし同年五月二〇日までの間の五月分賃金は一三万六三六四円(社会保険料等控除後一二万七二四三円)であり、この間原告は一五日間就労した(<証拠略>)。
4 原告は、同年五月三一日、勤務時間内に退社し、以後出社していない。
5 原告は、右同日付で「私の給料は下記口座に振り込んで下さい。」と振込先口座を指定した「委任状」と題する書面を被告に送付し、同年六月四日にこれを受領した被告は、同月二一日、指定された口座に同年五月二一日から同月末日までの間の就労に対する六月分賃金として七万六一三七円(社会保険料等控除後四万二一二〇円)を振り込んだ(<証拠略>)。
二 (争点)
原告は、被告から解雇されたとして解雇予告手当の支払を求め、また、未払賃金があるとしてその支払を求めており、これを被告は争う。本件の中心的争点は、被告による原告に対する解雇の意思表示の有無、これありとした場合に右解雇が原告の責に帰すべき事由(労働基準法二〇条一項但書)に基づくものといえるか、平成三年五月分賃金に未払があるか、同月二日の残業の有無である。
右争点に関し、原被告は次のように主張する。
1 原告の主張
(一) 原告は、平成三年五月三一日に被告から解雇されたものであるから、被告は、解雇予告手当を支払うべきであり、その額は二〇万円とさるべきである。
(二) 同年五月分(四月二五日から五月二〇日までの分)の日割賃金としては次の算式により一七万三三三三円支払われるべきところ、一三万六三六四円しか支払われていないから、三万六九六九円が未払である。
二〇万円÷三〇×二六=一七万三三三三円
(三) 同年五月二日、終業時刻である午後六時から一時間残業をしたのに、その分の賃金八三三円が未払である。
(四) 同年六月分(五月二一日から同月三一日までの分)の日割賃金は次の算式により算出される七万〇九六七円から同年五月三一日の一時間の早退相当分一一三六円を控除した六万九八三一円である。
二〇万円÷三一×一一=七万〇九六七円
しかるに、被告は六月分日割賃金を八万一八一八円と計算し、これから五時間の欠務分五六八一円を控除して七万六一三七円を支払った。しかし、原告の欠務は、被告から解雇されて退社した同年五月三一日午後五時以降の一時間だけである。
そこで、原告は、六月分賃金中六三〇六円を返却することとし、これを本訴請求にかかる解雇予告手当から控除する。
2 被告の主張
(一) 被告は、平成三年四月二五日、原告を営業社員として採用し、商品の販売営業の見習に従事させた。
同年五月一五日、原告が社内で勤務時間中に三〇分以上にわたって私用電話をしていた旨石橋純子社員から報告があったので、被告代表者は原告に注意するとともに始末書の提出を命じたが、原告はこれを無視した。
同月二〇日、原告は、人事関係書類が保管されている右石橋の机を無断で開け、入社時に被告に提出した自己の履歴書を持ち出し、返却を命じても、履歴書は自己の所有物であると称して返却を拒否した。
原告は勤務時間中の雑談が多く、また、前記石橋としばしば口論した。
原告は営業職として採用されながら、被告代表者が得意先回りへの同行を命じても、他にさしたる仕事もないのに「忙しいから。」と言ってこれを拒否し、被告代表者の業務命令に従わなくなった。
同月三一日午後一時ころ、被告代表者が原告に見積書の作成を指示したところ、原告は、間もなく和文タイプライターを使用してその作成にとりかかったものの、午後三時ころになってもわずか一通の見積書ができあがらず、見積書用紙の書き損じが多数に及んだ。そこで、被告代表者が「手書きでもよいので丁寧に作成するように。」と指示すると、原告は、突然、作成中の見積書を屑かごに投げ入れた後、帰社しようとした。
そこで、被告代表者は、被告就業規則四二条一項三号により七日間の出勤停止を原告に通告し、原告は同日午後三時三〇分ころ勝手に退社した。
被告は、原告を解雇していないが、以上の経過で出勤停止を通告したところ、原告から同年六月四日に六月分賃金の振り込みを求める「委任状」と題する書面が送付されてきたので退職の意思が示されたものと判断し、六月分賃金の算定対象期間満了後である同月二一日、指定の銀行預金口座に六月分賃金を振り込んだものである。
(二) 被告就業規則四条一項により原告は試用期間中であったところ、同三七年一項一号により試用期間中の賃金は日割計算となる。
そして、被告においては賃金の日割計算に際しては、その月の所定労働日数のいかんにかかわりなく、一律に、賃金月額を二二で除した金額に出勤日数を乗ずる方法をとることを慣例としている。
そこで、原告の同年五月分賃金は次の算式により一三万六三六四円となり、これを支払った以上、五月分賃金の未払はない。
二〇万円÷二二×一五=一三万六三六四円
(三) 同月二日には原告は残業をしていない。
(四) なお、原告は、同年五月二四日一時間、同月三〇日一時間、同月三一日三時間欠務した。
そこで、同年六月分の原告の賃金は次の算式(1)によって算出される八万一八一八円から、算式(2)によって算出される五六八一円を控除した七万六一三七円である。
(1) 二〇万円÷二二×九=八万一八一八円
(2) 二〇万円÷二二÷八×五=五六八一円
第三争点に対する判断
一 解雇の意思表示について
前記争いのない事実等に(証拠・人証略)(後記採用しない部分を除く。)及び被告代表者の各尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
1 原告は、平成三年四月二五日に被告に雇用されて以来試用期間中であり、主として被告会社内で取引先からの電話を受けるなどの事務を担当して稼動していた。
2 原告は、受領した五月分賃金が少なすぎるとの不満を持ち、経理担当社員石橋純子に給料の計算方法を尋ねたが、同女から日割計算の方法を聞くと、ゴールデンウイークは自分の希望で休んだわけではないから日割にしても賃金算定の対象とすべきだなどと主張した。そして、勤務時間中に、右賃金が少なすぎるなどと中央労働基準監督署に電話で訴え、その際、被告会社は人が居つかないなどと言ったりした。また、勤務時間中に退職した社員と電話で被告会社についての不満を話し合ったり、後に入社した社員が辞めていい気味だなどと言ったりしたこともあった。
3 こうした電話でのやりとりを事務所内で聞いていた前記石橋は、原告が右のような電話を勤務時間中にしていたと被告代表者に報告した。そこで、被告代表者は右のような電話は私用電話であるから始末書を提出するようにと原告に命じたが、原告は始末書を出さなかった。
4 原告は入社時に履歴書を提出したが、前記石橋が一時的に自分の机の中に保管しておいた右履歴書がなくなったため、当時、被告会社事務所内には石橋のほかには原告しかいなかったので、石橋や被告代表者は、原告がこれを持ち出したものと疑い、被告代表者が原告に尋ねたところ、自分の物をどうしようと勝手だなどという答えだったため、原告による持ち出しは間違いないと考えた。
5 被告代表者としては、原告を取引先への営業活動に同行して営業を担当させるようにしたいと考え、原告について来るように言ったところ、原告が忙しいと言って応じないことがあった。
6 原告は、石橋との折り合いが悪く、石橋がかかってきた電話をとると、電話を受けるのは自分の仕事だと言うばかりか、電話の内容を記帳すべき業務用のノートを石橋に渡さないなどの態度をとった。
7 五月三〇日、石橋が担当していた業務に関して送られてきたファクシミリによる地図を原告が石橋に渡すまいとして押さえてしまい、そのためこれを取ろうとする石橋との間で引っ張り合って、その地図が破れてしまうという出来事が起こった。
8 同月三一日午後一時過ぎころ、被告代表者に命ぜられて和文タイプライターによって見積書の作成を始めたが、打ち損じが多かったため、被告代表者から丁寧にやるように注意されるや、激昂して見積書用紙を屑かごに捨てて被告代表者に給料計算に関する不満を述べるなどして食ってかかった。
9 折から業務上の電話がかかって石橋が受けたが、原告が不満を言い募る大声によって聞き取れないような状態だったため、被告代表者は原告に対し、「仕事にならないから出社停止だ。」と告げた。すると、原告は大声でさらに「労基署に訴える。」などと言ったため、これを聞いた被告代表者は中央労働基準監督署にその場で電話をかけ、原告を出社停止にした旨連絡した。原告は、付近の弁護士事務所に不満を述べに行ったりした後、間もなく退社し、以後出社していない。
10 六月一日以降の原告の出勤簿の記載は、同月一〇日までが「出社停止」となっており、以後同月一三日までは「無断欠勤」、その後は単に斜線が引かれており、また、六月分の賃金については、所定の賃金計算期間の満了した同月二一日に振込みによって支払われている。
以上の事実が認められ、この認定に反する原告の供述部分は採用しない。
原告の供述中には、右9の機会に、被告代表者が「君は首だから来なくていい。」とか「解雇だから鍵を返せ。」と言ったという部分がある。しかしながら、証人石橋純子も被告代表者も原告の述べるような解雇の趣旨の発言を明確に否定しており、単に「出社停止」という言葉が告げられただけであると供述している。そして、この機会に「出社停止」という言葉が被告代表者から出たこと自体は原告も自認しており、しかも、原告の供述中にも、解雇なのかどうか判然としなかったため、被告代表者に解雇かどうか尋ねたが、答えがなかったという部分もあり、原告の供述の趣旨は必ずしも一貫しない。
右のような証拠関係によると、右9の機会に被告代表者が「首」とか「解雇」という表現をとったと断定することは困難であり、証拠によって認められる前後の事情を総合すると、当時既に解雇の意思表示がなされても不思議ではない状況に至っていたとはいうものの、意思表示としての解雇がなされたことはこれを認めるに足りない。
なお、被告代表者の供述によると、右出社停止は被告就業規則(<証拠略>)に定められた「出勤停止」の趣旨であるというのであるが、これを告げるに際しいつまでの出社停止なのかは明示しなかったことが認められる。同代表者は、就業規則上七日間なのでそのつもりで告知したと述べているが、同規則の規定上は七日間というのは最大限のものであるから、「出勤停止」処分としてはやや明確さを欠いている。このことからすれば、発言の趣旨が特に終期を定めることなく出社を禁じたものであるという意味で、退職させたい趣旨と受け取る余地もないではない。また、その場で被告代表者が労働基準監督署に電話連絡をとった点も、事後的な観点からその合理的必要性を考えれば疑問とする余地があろう。しかしながら、前者については、「出勤停止」処分として不明確であるからといって直ちに解雇とみうるわけではないこともちろんであり、暫時出社をとめて原告が冷静になった時点で指導しようと思ったという被告代表者の説明はとくに前後の事情と矛盾するものとはいえない。また、後者については、原告が被告に対する不満を労働基準監督署に訴えてきている経過を経て、当日の件も訴えると言ったためとっさの判断であらかじめ報告しておいた方がよいと思ったという被告代表者の供述にはあながち排斥しがたいものがある。およそ、解雇の意思表示と断ずるためには、当該表示行為をもって雇用契約関係を一方的かつ確定的に終了せしめる趣旨の効果意思を推断させるものでなければならないというべきであって、本件の「出社停止」という表示行為に解雇の効果意思を読み込むことはできないといわなければならない。
二 五月分日割賃金の計算について
前記認定のとおり、原告は、四月二五日以降試用期間中であった。
五月分賃金の計算対象期間内である四月二五日から五月二〇日までの間の所定労働日数は、前記の被告における休日の定めと暦とによって一八日であることが明らかであり、この間原告が就労した日数が一五日間であることは当事者間に争いがない。そして、被告会社の就業規則である(証拠略)によれば、被告会社の月給は一か月の所定労働時間に対して定められたものであり(同三六条)、賃金計算期間中の途中において入社した場合及び試用期間中は日割又は時間割計算によって控除支給するものとされている(同三七条一号)ことが認められる。したがって、右の就業規則の定めによると、原告の五月分賃金の計算は、次の算式により一六万六六六五円であるというべきである。
二〇万円÷一八(日)=一万一一一一円(円未満四捨五入)
一万一一一一円×一五(日)=一六万六六六五円
そうすると、被告が原告に支払った五月分賃金は一三万六三六四円であるから、これらの差額三万〇三〇一円が未払であると認められる。
なお、雇用契約の性質上、賃金は就労に対応するものとして支払われるのは当然のことである。原告主張のように就労しなかった休日も賃金計算の対象期間に算入すべきであると解する余地はなく、また、被告主張のように所定労働日数を一律二二日と擬制する便宜的方法は特段の事情のない限り採用できない。
三 五月二日の残業の有無について
原告は、五月二日に終業時刻後一時間の残業をしたとして、その経過についてかなり詳細に供述し、後に残業の件で被告代表者に問いただして、石橋に出勤簿を見せてもらったところ、出勤簿には原告名の押印があったほか、五月二日の欄に「1h」と記載してあったのを現認した旨供述している。
しかし、(人証略)によって被告会社の当時の出勤簿であると認められる(証拠略)に照らして、原告の右供述を検討すると、原告の述べる出勤簿なるものの体裁もその内容も原告の供述するものとはまったく異なっている。このような客観的証拠と原告の供述との齟齬や当日の残業を否定する被告代表者の供述に照らし、原告の右供述はにわかに採用することができず、他にも原告が当日残業をしたことを認めるに足りる証拠はない。
四 以上のとおりであるから、被告から解雇されたことを前提とする解雇予告手当の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。また、五月二日の時間外賃金の支払請求も、当日の残業が認められない以上、その余の点について判断するまでもなく理由がない。しかし、五月分賃金として三万〇三〇一円が未払であることが認められる。
五 よって、原告の請求は主文の限度で理由があり、その余の請求はいずれも失当である。
(裁判官 松本光一郎)